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神戸地方裁判所竜野支部 昭和43年(ワ)82号 判決

原告

永田昭夫

被告

鳳山建設株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金一五三万七〇円及びこれに対する昭和四三年一月五日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べ

一、交通事故の発生

1  日時 昭和四三年一月四日一二時一〇分頃

2  場所 兵庫県赤穂市西有年三、〇〇八番二〇号国道二号線道路上

3  態様 原告運転の乗用車(フエアレディー二、〇〇〇cc、登録番号品五ひ三五七五号)が大阪方面へ直進中、対向車線から右折してドライブインに入ろうとした訴外大木正直運転の大型貨物自動車(四一年式ダンプカー、登録番号大阪一り七六〇号)と衝突した。

二、被告の帰責事由

1  前記訴外大木は被告会社の従業員であり、当時は被告会社の仕事中であつた。

2  よつて、被告は、自動車損害賠償保障法三条に基き、本件事故によつて原告の受けた後記人的損害を賠償すべき義務がある。

3  また、本件事故は、自動車が対向車線を越えて右折する場合は、自動車運転者としては、対向車線の自動車の直進を妨げないように中央線で一時停止するなど車間距離をおいて右折しなければならないにもかかわらず、訴外大木がこれを怠り、突然対向車線に進入したために発生したものである。

よつて、被告は、右不法行為者である訴外大木の使用者として、人的損害についてはもちろん原告の受けた後記物的損害についても、これを賠償すべき義務がある。

三、原告の受けた損害

1  人的損害 計六五万一、七七〇円

原告は、本件事故により右膝蓋骨骨折、顔面、右膝部挫創、胸部、右前腕部挫傷兼擦過傷の傷害を受けて、一八日間入院し、退院後も同年六月一日まで通院して治療した。

この間、原告は事故当日から同年四月三〇日まで一三一日間は就業に著しい困難をきたしたため休業した。原告は、東阪神工芸社という室内装飾業の代表者をしており、その平均月収は五万円であつた。

原告の受けた人的損害の額は次のとおりである。

(一)  治療費計 六万九、四三四円

相生市半田医院分 一万三、三一四円

新宿前田外科病院分 五万六、一二〇円

(二)  附添看護費 三万一、九八〇円

(三)  電話代及び雑費計 七、七三六円

電話代 六、三三六円

松葉杖代 一、四〇〇円

(四)  交通費 一万二、六二〇円

(五)  休業損害 二〇万円

四ケ月休業、月額五万円の割合による。

(六)  慰謝料 三三万円

入院中 八万円

退院後 二五万円

2  物的損害 計八七万八、三〇〇円

原告運転の前記自動車は原告の所有であるところ、本件事故により大破し、スクラツプとなつて四万円で売却された。右自動車は、原告が昭和四二年一二月三一日に九一万円で新車購入したばかりで、走行距離も僅かであつた。

原告の受けた物的損害の額は次のとおりである。

(一)  自動車の損害 八一万円

新車代金から走行距離による減価分六万円及びスクラツプ代四万円の合計額を差引いた残額である。

(二)  自動車運搬費 六万八、三〇〇円

四、よつて、被告に対し右損害金合計一五三万七〇円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和四三年一月五日から完済にいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告の抗弁に対し「1項は否認する。2項の(一)は争う。(二)はトラツクの破損は認めるが、修理代については知らない。3項は認める」と述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁並びに抗弁として次のとおり述べ

一、一項は認める。

二項の1は認める。2は争う。3の前段は否認し、後段は争う。

三項の1は知らない。2は争う。自動車は、たとえ新車であつても、登録することによつて、その価格は約二割がた下がるものであつて、購入価格をもつて損害の基礎とすることはできない。

二、抗弁

1  本件事故は、もつぱら原告の過失によつて発生したものである。すなわち

原告は法定速度時速六〇キロメートルをはるかに越える時速一〇〇キロメートル以上の速度で進行していたもので、制動直前においても時速約七〇キロメートル弱の速度であり、しかも前方不注視により、すでに右折にかかつている訴外大木正直運転のトラツクの発見が遅れたうえに、これに気付いた後も、直ちに急制動の動作を行わず、かつ右トラツクを回避するためのハンドル操作を誤り左にハンドルを切つたものである。

これに対して、訴外大木正直は、原告の車が一〇〇メートル以上前方にあることを確認して右折したもので、この場合通常は対向車の進行を妨害することはない。しかも本件事故現場である国道二号線は車の通行量が多く、対向車が全くなくなるのを待つわけにはいかない。従つて右訴外大木には全く過失がない。

2  仮に右訴外大木に若干の過失があつたとしても、本件事故は前記のとおり主として原告側の過失によるものである。よつて

(一)  原告主張の損害賠償額については過失相殺さるべきである。

(二)  被告会社所有の前記トラツクは、本件事故によつて破損し、その修理代として三二万四、一三一円を要した。右は原告の過失によつて生じた損害であり、被告は原告に対し、同額の損害賠償請求権を有するから、本訴において原告の請求と対等額において相殺する。

3  原告は自動車損害賠償責任保険により二八万一、三六九円の支払を受けている。

証拠〔略〕

理由

一、原告主張事実中一項(交通事故の発生)については当事者間に争いがない。

二、被告の帰責事由

1  人的損害について

原告主張事実中二項の1(訴外大木正直と被告との関係)については当事者間に争いがない。

よつて、被告は、自動車損害賠償保障法三条により、原告が本件事故によつて受けた人的損害を賠償すべき義務あるものというべきところ、被告は、本件事故は原告の一方的過失によつて発生したものである旨抗弁するが、全証拠によつてもこれを認めるに足りない(なお、後記2の説示参照)

2  物的損害について(被告の過失)

前記争いのない事実に、〔証拠略〕を総合すると次の事実が認められる。

(一)  本件道路は、東西に通ずる幅員八・八メートルのアスフアルト舗装道路で、その北側にはモーテルがあり、モーテル敷地内は砂地になつている。

(二)  訴外大木正直は、大型貨物自動車を運転し、時速約三五キロメートルで西進中、本件現場附近において、右モーテルに入るため、右折の方向指示をして、センターラインよりを進み、前方約一〇〇メートルの対向車線に原告運転の乗用車(スポーツカー)を認めたが、約八〇メートルに近付いたときに右折を開始した。これに対し、原告の車は危険信号のライトを点滅させたが、訴外大木は右折可能と考え、そのまま、右折を続けようとしたところ、原告の車も、急に左折してモーテルに入りかけたので、危険を感じて急ブレーキを踏み、道路とモーテル敷地との中間あたりで急停車したが、停車直後左前フエンダーに原告の車の右前部が衝突した。その際大木の車は若干押されている。

原告は、訴外大木の車の右折指示には気付かず、同車が右折するのを見たが、急ブレーキを踏むと転倒の危険があると考えて、一たんモーテル側に左折を開始した後ブレーキを踏んだものである。

なお、右のように訴外大木の車が右折を開始した際の同車と原告の車の距離が約八〇メートルであることは、〔証拠略〕によれば、訴外大木の車のスリツプ痕が左右各八メートル、原告の車のスリツプ痕が左二八メートル、右二九・八メートル(いずれもアスフアルト部分と砂地部分にまたがつている)であること、〔証拠略〕によれば、本件現場には、右スリツプ痕の外訴外大木の車が、原告の車に押されたようなにじり痕が約一メートル残つていたことがそれぞれ認められること並びに前記認定の訴外大木の車の右折を発見して後の、原告の運転方法(特に、すぐにはブレーキを踏んでいないこと)を総合してこれを認めることができる。

原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。なお原告本人は「自分の車の方がずつと小さいから、相手の車を押すというようなことはありえない」旨供述するけれども、前記認定のように、訴外大木の車がすでに停止したところに原告の車が衝突しているのであるからありえないことではない。

そこで、右認定事実をもとに訴外大木正直の過失について考えるに、原告の車の速度は必ずしも明確ではないが、少なくとも原告本人の供述するような法定制限速度の時速六〇キロメートル程度のものではなく、これを大幅に超過したものであることは、右スリツプ痕の長さ、大木の車のにじり痕、大木の車が大型貨物自動車であるのに対し原告の車は普通のスポーツカーであること、制動前の原告の運転方法等によつて十分推認できるのである。そこで、仮に原告の車の速度を毎時七二キロメートルとして計算してみると、その秒速は二〇メートルであるから、訴外大木の車の右折開始後二秒の間に原告の車は四〇メートル進行し、その間に大木の車は時速三五キロメートルは秒速一〇メートル弱であるから約二〇メートル弱だけ斜めに進行することとなり、本件道路の片側は前記のとおり四・四メートルであるから十分これを渡り切ることができたものと考えられるのであるが、しかもなお、両車両の間には二〇メートル以上(大木の車は斜めに進んでいる)の距離が存することとなるのである。すなわち、訴外大木の車が右折を開始した際の両車両の間隔約八〇メートルというのは、右大木が、原告の車の速度を制限速度を一二キロメートルも越える時速約七二キロメートルと認識していた(大木は、〔証拠略〕中で、時速七〇ないし八〇キロメートルと供述しているが、八〇キロメートルとしても、右の両車両間の距離は約一八メートルとなる)としても、右折を開始するには十分な間隔であつたといわざるを得ないことになる。それにもかかわらず、両車両が前記認定のような状態で衝突したということは、原告の車が、右時速七二キロメートルをもはるかに越える高速度で進行していたものと推認せざるを得ない。従つて、原告の事故前の記憶があいまいなことや訴外大木の原告車の速度に対する認識の程度も判然としない(甲第四号証中では、甲第三号証と異なり、相手は八〇キロから九〇キロは出ていたと思うが対向状態なので良く判らない旨供述している。なお九〇キロとしても右の間隔は一五メートル以上はあるのであるが)ことなどもあつて、訴外大木が全く無過失であるとまではいい切れないけれども、少なくとも、積極的に同人の過失を認定することは躊躇されるのである。その他全証拠を検討しても、本件事故が訴外大木の過失によつて発生したものであることを認めるに足る証拠はない。

結局、訴外大木の過失の存在を前提とする本訴物損請求については、その余の点について判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却すべきである。

三、原告の受けた人的損害

1  〔証拠略〕を総合すれば、原告は本件事故により右膝蓋骨骨折、顔面、右膝部挫創、胸部、右前腕部挫傷兼擦過傷の傷害を受けて、事故当日の昭和四三年一月四日から同月二一日まで一八日間入院し、退院後も同年六月一日まで通院治療したことが認められ、また、〔証拠略〕を総合すれば、原告は東阪神工芸社の名で人を三人使用して室内装飾の仕事をしていたが、右傷害及び治療のため、原告じしんは約四ケ月間休業したことが認められ、右各認定を左右するに足る証拠はない。

2  原告の受けた損害の額

原告の受けた損害のうち、本件事故と相当因果関係があると認められる損害の額は次のとおりである。

(一)  治療費

〔証拠略〕によれば、相生市半田医院における治療費が計一万三、三一四円であること、〔証拠略〕によれば、新宿前田外科病院における治療費が計五万六、一二〇円であることがそれぞれ認められる。

右治療費の合計は六万九、四三四円である。

(二)  附添看護費

〔証拠略〕によれば、三万一、九八〇円であることが認められる。

(三)  電話代及び雑費

〔証拠略〕によれば、電話代六、三三六円及び松葉杖代の一、四〇〇円がそれぞれ認められるが、右電話代のうち相生日通植田宛の分三、二五八円については本件事故との関係が明らかでないので、本件事故と相当因果関係のある電話料としては三、〇七八円となる。

右合計は四、四七八円である。

(四)  交通費

〔証拠略〕によれば、一万二、六二〇円であることが認められる。

(五)  休業損害

〔証拠略〕によれば、前記東阪神工芸社では会社システムをとつており、原告は月平均約五万円の給与を得ていたものであることが認められる。従つて、四ケ月休業、月額五万円の割合で計二〇万円となる。

(六)  慰藉料

前記傷害の程度、入院、通院期間を総合すれば、三〇万円が相当である。

結局原告の受けた損害の額は、以上合計六一万八、五一二円となる。

四、過失相殺

前記認定事実によれば、原告と訴外大木正直の過失割合は原告八、訴外大木二とするのが相当である。

従つて、右過失割合をしん酌すれば、原告が支払を受けるべき損害の額は一二万三、七〇二円四〇銭となる。

五、弁済

原告が自動車損害賠償責任保険により二八万一、三六九円の支払を受けたことについては当事者間に争いがない。

六、以上のとおりであつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求の理由のないことは明らかであるから、これを棄却すべきである。

七、よつて、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用のうえ主文のとおり判決する。

(裁判官 大政正一)

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